神戸経済ニュース 編集長ブログ

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新型コロナ感染者、常識的すぎる神戸市の判断

 神戸市内で判明した新型コロナウイルスの感染者が何区に住んでいるのか、何線を使って通勤したのか明らかにしなかったことで、一部の人が反発していると、神戸新聞が伝えている。しかし、神戸市の判断は、あまりにも常識的で、妥当というほかない。仮に感染者が神戸市中央区の住民だったとして、中央区から引っ越すのだろうか。それで感染が防げるのだろうか。あるいは、まだ感染者がみつかっていない芦屋市や明石市に引っ越せば、感染は免れるのだろうか。

 また「自分がウイルスを撒(ま)き散らさないように、感染者と同じ空間に居たかどうかを知りたい」という観点から、感染者が利用していた路線を知りたがる人もいる。それならむしろ、そんなあなたの今の体調を心配した方がよいのではないか。ウイルスを撒き散らすとき、せきが出るとかクシャミをするとか、何らかの身体的な動作を伴う。そういう状態になれば会社や学校を休めばいいだけだ。つり革などからの接触感染を心配するなら、きちんと手を洗うべきだ。それらは日本だけで年間数千人(2019年は3000人超)の死者が出ているインフルエンザの対策にもなる。

 アフラックは自社の従業員が感染者であることを公表したが、それはアフラックの判断だ。公表することが保険会社としての評価を高めるということに相違ない。いわゆるリスク・コミュニケーションで、その意図はなくても黙っていると「隠蔽だ」とメディアに攻撃されるという判断だと考えられる。特にアフラックの感染者が所属したコールセンターは、人の密度が高い職場なので、感染を防止する対策を取ったとアピールすることは、会社の評判を維持するためにきわめて有効だろう。アフラックが自社に感染者が発生したのを明かすのが、彼らの企業価値に影響するという判断は合理的だ。

 3月5日に開かれた神戸市長の記者会見の動画を見れば分かるが、神戸新聞は神戸市が感染者の個人情報を明かすことにこだわって、複数回にわたって別の記者が類似の質問をしている。感染者がどんな人かを具体的に報じることは、事件事故の被害者のプライバシーが注目されるのと同じで、のぞき見趣味にかなう。異物を排除したいという、一種の排他主義(趣味?)も満足させる。それは新聞の売り上げやサイトのクリック数につながるだろう。

 そこで自分たちの商売上の希望がかなわなかったからといって、「みんなが反発している」と言って市長を攻撃するというのは、あまりにも幼稚すぎる。こんなことが通用するのも、戦後70年超にわたって神戸を地元とする報道機関の存在を、神戸新聞グループの事実上1社だけしか認めてこなかったという、記者クラブ制度(新規参入を排除する官制カルテル組織)の弊害以外の何物でもない。メディアも営利企業なのだから、記者クラブを廃止して自由競争させるべきだ。それによって言論の自由(言論の多様性)が維持できるというメリットも大きい。

 2009年の新型インフルエンザが、このところ毎年流行している「A型」インフルエンザになったのと同じように、現在の新型コロナも近いうちに普通の病気になると考えられる。いつまでも感染者の個人情報を、詳しくバラ撒くわけにはいかないだろう。いまでは年間に数千人が亡くなる(当時の)新型インフルエンザを恐れて、感染者の動向をちくいち公表するよう騒ぎ立てるメディアもなければ、ツイッターで抗議する人もほぼいない。たとえ新型コロナの感染者でも、目的の分からない個人情報の開示を避けるのは、行政としてはあまりも自然な行動だ。

 とはいえ市長がツイッターで「感染者の行動を暴き立てて、何になるのですか」と、説教をしてしまったのは失敗といえば失敗だ。情報源の多くをテレビもしくはヤフーニュース(多くは新聞やテレビニュースのテキスト版)としていて、その感想をツイッターでつぶやいているという「情報弱者」には、その意図が理解できなかっただろう。ツイッターでは、えらい立場の人が説教すると面倒なことになるのが常だ。メディアも含め、多くの人は自分が情報弱者だと思っていない。特にメディアにあおられて興奮状態になっている人に、「これが常識だ」と真正面から主張しても残念ながら通じないだろう。