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「こどものための図書館」に対する一抹の不安

 いまはそんなことないかもしれないけれど、小学校や中学校の図書室がどうも苦手だった。かれこれ30年も前の話だから、まだ学校には蔵書が少なかったのかもしれないし、いまはLL教材も充実していて事情が異なるのだろうけど、要するに置いてある本が退屈だった。「少年少女名作落語」というシリーズは、よく借りて読んだけど、それにしても東京の落語だったのが不満だった。

 児童文学っていうのがどうにもダメだった。夏休みの読書感想文には課題図書というのが付きものだったが、そんな本が多かった。こどもながら、子供ダマシのストーリーだな、と思うことも多かった。たまに読んでも、それがどうした、そんなあほな、と突っ込み通しで、最後まで素直に読めない僕が悪いのかと思ったこともあった。

 小学校の図書室にあったマンガは2つ。「カムイ伝」と「はだしのゲン」だった。いつも人気で貸し出し中だった。先生たちはマンガだから人気があると思い込んでいて、以来、マンガが図書室に配置されたのは見かけなかったが(あくまで昔の話)、むしろストーリーの重みが魅力的だったから人気だったのだろう。

 小学校の高学年や中学生になると、社会の授業で調べ物の必要がある課題も出てくる。当時の図書室は、その需要に答えてくれなかった。たとえば、いつまでたっても神戸は世界で4位のコンテナ港だった。それで結局、大倉山の中央図書館に行く。「こんなことを調べたいのですが」と申し出ると、司書のみなさんはとても親切にしてくれた記憶がある。本を通じて何かを知る喜びに、大人と子供の違いはあるのだろうか。

 「子供向け」という書籍のジャンルは確かに存在する。まだ文字が読めない子供の想像力を掻き立てる絵本はあるだろうし、童話や偉人伝なども子供向けかもしれない。でも子供向けの定番とされる図鑑は、大人向けの図鑑の何が違うのだろう。ルビの有無とか? そんなの、どうでもよくないか? 図鑑だろ?

 安藤忠雄氏が神戸市に寄贈しようとしている「こどものための図書館」で、もしも「子供だからこういうのが必要だ」という一方的な決めつけで蔵書が選ばれるのなら、その図書館よりも喫茶店や床屋に置かれた文庫本やスポーツ新聞の方が、よほど活字に親しむきっかけになるような気がするが、どんなもんだろうか。